カウンセラーいーちんのブログ

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「ほめる」と「評価する」は違いますよね?

こんにちは、いーちんです。

 

みなさんは、ほめられたいですか?

ぼくはほめられたいです。どちらかというと、叱られたり怒られたりするよりは、

俄然ほめられたい。

 

けど、評価されるのは嫌かな。

まぁ、大人になってからは、評価でもいいけど。

 

「ほめる」と「評価する」を識別・使い分けるのって難しいなぁと思うんですよね。

 

 

子育てにおける「ほめる」と「評価する」

おそらく、子育てを例にあげると、この違いがわかりやすいんです。

 

子育てでは、ほめることが必ずしもいいことかというと

そうではありません。

 

ほめると、子どもは自分のやりたいことより、

親がほめてくれることをやろうとするからです。

 

「テストで100点とれてすごいねー」

 

という親は、子どもが20点しかとれなかったとき、なんと言うのでしょうか?

 

「20点とれてすごいねー」

 

って言ったら、子どもは20点でいいと思ってしまいますよね。

 

なので、そもそもこれは「評価する」ということで、

「ほめる」ではないんだと思います。

 

「テストで100点とれて、あなたが喜んでいるのがお父さんもうれしいよ」

とか

「テストで20点でもあなたはがんばったなら、お父さんはうれしい」

 

という、伝え方なら、相手を評価することにはなりません。

 

つまり、「ほめる」は成果をあげた当事者の気持ちに共感する、

という意味合いかと思うんですね。

 

 

「評価する」とどうなるのか?

子どもに対して「評価する」ことがあまりに多いと、

子どもはいつまで経っても満点を目指してしまいます。

 

要は、認められていないという感覚を気づかぬ間に抱いてしまうんですね。

 

例えば、

「テストで100点とれてすごいねー」

という形で評価すると、

子どもは自ずと

「これからも100点を取りつづけないと、すごいと言ってもらえない」

という解釈をしてしまいます。

 

これは、無意識な部分です。意識的には「ほめられた」と思うかもしれませんが。

 

なので、彼・彼女のがんばりを認めてあげることが大切なのです。

結果は二の次。

 

 

このご時世では、これは大切なこと

これを甘いと思われる親御さんもいらっしゃるかもしれませんね。

 

「それじゃあ、がんばっただけでほめられたら、うちの子は成果を出せなくなってしまうわ!」

「これからは実力主義の時代なのに、成果を出せない大人にならないか心配…」

 

ですが、

今のご時世、努力が必ずしも報われることはありませんよね。

もちろん努力は大切ですし、成果を出すことも大切です。

 

ただ、出した成果がいつどこでも世の中に認められるわけではありません。

 

大切なのは、その成果を出しつづけること、

打席の数を増やせるだけの心のエネルギーを育むことです。

 

そのためには、

お子さんに必要なのは、

自分を自分で認めてあげられる能力になります。

 

「認められなかったけど、自分はがんばったから大丈夫」

「また引きつづき努力しよう」

「成果を出しつづければ、いつの日か必ず認められる」

 

そんな思考を自身で抱くことができたら、

その彼・彼女は、力強く生きていくことができるのではないでしょうか。

 

というわけで、

その素地となる考え方を、子育てをする親が、

子どもに接するときに手本として示してあげることが大切です。

 

 

なんだか、書いてて、

娘に対してはさることながら、

自分でも自分に対してこういう考え方をしていこうと思えました。照笑

書いてよかったー。